イバン・サモラーノ
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イバン・サモラーノ(Iván Luis Zamorano Zamora、1967年1月18日 - )は、チリ出身の元同国代表サッカー選手(FW)。空中戦に強く、ヘリコプターの異名を持った。
地元のクラブチーム・コブレサルでデビュー。1987年6月19日のペルー戦では代表デビューを果たす。その後1988年にスイスのクラブチームへ移籍して頭角を現し、23得点を挙げて得点王になり翌年セビージャへ移籍。ここでも得点能力の高さを証明し、1992-1993シーズンにはレアル・マドリードへ移籍を果たすと26得点を挙げ、1994-1995シーズンには28得点を挙げて得点王に輝き、数々のタイトル獲得に貢献した。
さらに1996-1997シーズンにはセリエA・インテルへ移籍。翌年にはチリの4大会ぶりの出場となったフランスW杯に出場し、マルセロ・サラスとともにチームをベスト16へと導いた。また2000年のシドニー五輪にはオーバーエージ枠で出場し6得点。チームに銅メダルをもたらし、自身も大会得点王となった。
2001年にはメキシコのクラブチーム・アメリカへ移籍して初戦でハットトリックを達成するなどの活躍で優勝に貢献。キャリアの最後を母国のクラブチーム・コロコロで過ごし、2003年12月23日にはサンティアゴで引退試合が行われ、5万の観衆が引退を惜しんだ。
[編集] エピソード
インテルにいた当時、背番号9(エースストライカーの証)をつけていたサモラーノが、ロベルト・バッジョ加入時に背番号の明渡しを命じられた。拒否したが結局奪われたため、その後背番号18を要求しユニフォームの1と8に小さな+を付けて出場していた。(1+8)