アピコンプレクサ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アピコンプレクサ(Apicomplexa)は原生生物界の門の1つ。アピコンプレクサは生活環のどこかでアピカルコンプレックス(頂端複合構造、apical complex)という構造を持つという点で特徴づけられる原生動物の大きなグループである。例外なく寄生性であり、配偶子の時期を例外として、鞭毛や仮足を持たない。
なお、この群はかつては胞子虫類という群に所属していたが、現在ではこの群は解体されている。
目次 |
[編集] 生態
多くのものは、無性生殖と有性生殖からなる複雑な生活環を持っている。標準的には、宿主はシスト(嚢子、cyst)を摂取することで感染する。シストは分裂して細胞に侵入するスポロゾイト(種虫、sporozoite)を生じる。その後、細胞は破裂してメロゾイト(娘虫体、merozoite)を放出し、これが新しい細胞に感染する。これが数回繰り返された後、配偶体を生じる生殖母体(gamont)が形成され、配偶体が接合すると新しいシストが生じる。この基本的なパターン以外に様々なバリエーションがあり、また多くのアピコンプレクサ類は複数の宿主を持つ。
アピコンプレクサ類によって引き起こされる代表的な疾病には以下のようなものがある。
- バベシア症(Babesia)
- クリプトスポリジウム症 (Cryptosporidium)
- マラリア (マラリア原虫、Plasmodium)
- トキソプラズマ症 (Toxoplasma gondii)
[編集] 形態
アピカルコンプレックスには細胞の前端に開口するロプトリー(rhoptry)とミクロネーム(microneme)という小胞があり、原虫が宿主細胞に侵入するための酵素を分泌している。先端は極輪(polar ring)という微小管の帯が取り囲んでおり、特にConoidasidaの原虫にはコノイド(円錐体、conoid)という漏斗状の構造がある。その他にミクロポア(微小孔、micropore)という小さな口も開いているが、それ以外の部分は細胞膜がアルベオール(胞室、alveole)という小胞に裏打ちされ、やや堅いペリクル(外被、pellicle)を形成している。アルベオールの存在やその他の特徴から、アピコンプレクサはアルベオラータというグループに所属させられている。
もう1つの特徴として、アピコンプレクサ類の細胞にはアピコプラストと呼ばれるプラスチドがあって、3ないし4枚の膜に囲まれていることが挙げられる。その機能は脂質合成などだろうと思われるが、原虫の生存に必須であるらしい。一般的には、渦鞭毛藻の葉緑体と共通の由来だと考えられているが、しかし紅藻ではなく緑藻由来だとする研究もある。
[編集] 分類
アピコンプレクサ門の下位分類は、分子系統解析による再検討が行われている段階である。比較的安定的に受け入れられている分類群は以下の4つであり、これらを綱または亜綱にあてることが多い。
- グレガリナ(簇虫)類
- 節足動物や環形動物の消化管などに寄生する。グレガリナ(Gregarina)など。分子系統解析では側系統的になる。
- コクシジウム(球虫)類
- 無脊椎動物や脊椎動物の細胞内に寄生する。コクシジウム(Eimeria)、肉胞子虫(Sarcocystis)、トキソプラズマ(Toxoplasma)など。
- 住血胞子虫(血虫)類
- 血液中の赤血球などに寄生し、吸血動物により媒介される。マラリア原虫(Plasmodium)、ロイコチトゾーン(Leucocytozoon)など。
- ピロプラズマ類
- 住血胞子虫と同様であるが、生活環に差があり区別されている。バベシア(Babesia)、タイレリア(Theileria)など。
このうち、住血胞子虫類のみ、もしくは住血胞子虫類とピロプラズマ類の2つをコクシジウム類に含めることがある。またピロプラズマ類を住血胞子虫類に含めて扱うこともある。
クリプトスポリジウム(Cryptosporidium)は従来コクシジウム類だと考えられてきたが、最近の分子系統解析によればむしろ特殊化したグレガリナ類であるらしい。実際に培養実験によって、グレガリナ類に似た形態をとる時期の存在が判明している。
アピコンプレクサ門への所属が議論されるものとして、パーキンサス類とコルポデラ類がある。パーキンサス(ペルキンスス、Perkinsus)は二枚貝に寄生する原虫で、はじめ菌類として分類されていたが、鞭毛虫ステージにアピカルコンプレックス類似の構造が発見されたことでアピコンプレクサ門に移された。現在では分子系統解析などにより、アピコンプレクサよりも渦鞭毛虫に近縁であると考えられているため、アピコンプレクサ門には含めないようになってきている。コルポデラ(Colpodella)は自由遊泳して他の原生生物を吸引消化する鞭毛虫であり、吻(rostrum)がアピカルコンプレックス類似の構造でできている。分子系統解析でもアピコンプレクサに近縁であることが示されているが、アピコンプレクサ門に含める意見と含めない意見と両論がある。これらの生物はアピコンプレクサと渦鞭毛虫の共通祖先に似ているのだろうと考えられている。これら鞭毛を持つ生物をアピコンプレクサ門に含める場合には、それ以外の典型的なアピコンプレクサ類に対して胞子虫(Sporozoa)の名を使うことがある。
[編集] 古い分類との関連
アピコンプレクサは、かつて胞子虫と呼ばれていた鞭毛も仮足も繊毛も持たない寄生性原虫のグループの大部分を含んでいる。ただしアピコンプレクサ類のほとんどは限定的ながら運動能がある。アピコンプレクサ以外の胞子虫の系統としては、アセトスポラ(リザリアに含められている)、粘液胞子虫(今では退化した後生動物だと考えられている)、微胞子虫(今では真菌に由来すると考えられている)がある。かつて胞子虫と呼ばれた生物全般については胞子虫の項を参照のこと。